■ 料理の鉄人? / Kei  それは、ごく普通の夕方の事だった。  翡翠に朝に言った通り、夕暮れ時に遠野家の門を くぐり帰宅した時に、はしごに登って大きな窓をせ っせと掃除する琥珀さんの背中を見つけた。 「・・・あれ? 琥珀さん、何やってるんですか」  二つに逆Vの字に組む梯子を使うならともかく、 まっすぐ一本に伸ばした梯子を壁にかけ、すこしふ らふらしながら窓をふきふきと掃除する姿は見てい てかなり危なかった。  しかもさすがに遠野家の代々が住んでいた家、一 家の窓でも高さは優に琥珀の身長の倍以上まである。 「あ、お帰りなさい志貴さん。  何って、窓掃除に決まってるじゃありませんか。 夕食の準備に見えますか?」  あはは、とさすがにバランスを取るのが難しいの か、こちらを振り返らずに琥珀さんは答えた。  一瞬、“その辺の虫を捕まえて材料にでもするか もしれないと思ったから”と言おうとしたが、後で ホントに何を出されるか判ったものではないので黙 っていた。 「でも、それはいつも来てくれる掃除の業者さんに お願いしてませんでしたっけ?」 「う〜ん、ほんとはそうなんですけど、ちょっと汚 れが気になっちゃって。  次に業者さんが来るまでまだしばらくありますん で、ちょっと自分でやってみようかと」  その間も微妙にバランスを取りながらふきふきと 窓を琥珀さんは拭きつづけている。  しかし、やはりちょっと見ていて怖い。  やめさせたほうが良いのか、そばで支えていたほ うが良いのかすこし考えていると、背後から さくさくと足音が近づいてきた。 「志貴さま、お帰りになってたんです・・ね・・」  そういってこちらに頭を下げかけた翡翠が、こち らを見て凍りついた。  おそらく、自分の後ろで懸命に掃除をしている姉 の姿を見て。 「ね、姉さん! ちょっと何をしてるんですか!?  危ないから直ぐにやめてくださいっ!」  翡翠の悲鳴じみた声にも、当の琥珀さんはまった く動じなかった。 「あら。 翡翠ちゃんも志貴さまと同じ事を言うの ね。大丈夫だって、私は大丈夫ですよ〜」  などと、すこしなぜか嬉しそうだった。 「別に私は姉さんのことを心配してるんじゃありま せん。  姉さんがそんな事をしたら、窓が壊れるじゃない ですか!」  「「あ・・・・」」  がく、と翡翠のコメントに琥珀さんと共々ずっこ けた。  ・・・って、自分はともかく、琥珀さんは梯子の 上の人。そんな動きをすると・・・・・  「え? あらら・・・?」  大きく傾き、そのまま梯子から落ち始める琥珀さ んの体。  それより先に、すでに自分の体は動いていた。  が、琥珀さんまでは距離がありすぎるっ!  そのままでは間に合わないのを悟り、学生服も何 も気にしないで思いっきりダイビング。  驚いたままの琥珀さんが地面に激突する寸前、そ の細い腰の下に腕を伸ばしてクッション代わりにす る。  そして、ものすごい衝撃。(そんな事を言うと「私 は重くないですよ、めっ!」と怒られそうだが)  「いたた・・・琥珀さん、大丈夫?」  ダイビングレシーブをしたそのままの格好で、腕 の上に横たわる琥珀さんに問い掛ける。  「あ、志貴、さん?」  一瞬、何が起こったのか判らないで眼をぱちくり としていた琥珀さんが、驚いた様子でこちらを見た。  「大丈夫ですか?」  「あ、ありがとうございます」  ちょっと恥ずかしそうに首をすくめながらも頷く 所を見ると、どうやら大怪我の類はしていない。  「志貴さま! 姉さん!」  慌ててぱたぱと翡翠が近づいてくる。 「あ、ごめん翡翠。制服、また駄目にしちゃった・・・」 「そんなことは気になさらないで下さい。それで、 お怪我のほうは!?」  普段はあまり感情をはっきりとは表さない翡翠が ものすごく慌てている。 「う〜んと、僕のほうは大丈夫だよ。  琥珀さんも・・・だいじょう・・・げっ」  ゆっくりと琥珀さんの体を眼で追ってみると・・・  当の琥珀さんも、翡翠も同じと所に視線が集まっ ていた。 「・・・・・・あははは〜」  少しぺろっと舌をだして笑って誤魔化そうとした 琥珀さんの右手が、かなり奇妙な角度に曲がってい た。 「・・・・・で、結局右手を骨折、と」  ソファーに座って、輸血用の血液パックにストロ ーをさしてちゅーちゅーと吸った後で、秋葉が呆れ た声で言った。  慌てていつも世話になっている医者を呼び、琥珀 の手当てを終えた後で、秋葉、琥珀さん、翡翠とそ して自分の4人が居間に集まった。 「はい。本当に申し訳ありません」  右手を白い布で吊るした格好で深々と頭を下げる 琥珀さん。   「で、なんだって今日に限ってあなたが窓の掃除な んてしてるのよ」 「え、えっと・・・・」 「・・・・・・・で?」 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・琥珀」  くしゃ、と今まで吸っていたパックを握りつぶす 秋葉。あ、かなり怒ってる。 「・・・・・えっとですね、あの窓がちょっと虫か 何かで汚れてたんですよ。  それでほら、あの窓からだと正門が良く見えるじ ゃないですか。だからいつもは秋葉様と同じように、 あそこからいつも志貴様の帰りを見てたんです が・・・」 「わかりましたわかりましたからもう結構ですっ」  何か慌てたように琥珀の説明をさえぎる秋葉。 「まぁ過ぎてしまったことは仕方がありませんね。 琥珀が治るまでの間は、翡翠に少し頑張っていただ くしかありません。いまさら他の者を雇うつもりも ありませんし」 「かしこまりました」  当然、というような態度で一礼する翡翠。翡翠も、 だれか新しい人を入れるよりは自分でなんとかした いらしい。 「ただ・・・」 「翡翠、何かあるの?」  すこし言いかけて止まった翡翠に、不思議そうに 秋葉が問い掛ける。 「秋葉様、ひとつだけ問題が・・・」 「何、言ってごらんなさい」 「食事の件なんですが、いかがいたしましょう。  姉さんができない現状では、だれかが変わらなけ ればならないと思うのですが・・・」 「「あ・・・」」  今度は秋葉と自分の声が重なった。 「幸い今日の分は既に準備ができてますので問題は 無いのですが、明日以降についてはいかがいたしま しょうか」  ・・・これは非常に重大な問題だ。  翡翠の料理は前に経験済だし、秋葉はまずできな いとおもって良いだろう。  となると自分の出番なんだが、あいにく前の家で もそのあたりのことはさせてもらえなかった。    う〜む。弱った。 「あ、そのことなら良い考えがあるんですよ〜」  と、それまで控えていた琥珀が、元気なほうの左 手を挙げてアピールした。 「何、琥珀。その良い考えというのは」  そう秋葉に尋ねられた琥珀の表情に一瞬、妖しい 光が見えたような気がした。 ・ ・・なんとなく、嫌な予感がするが。 「こうなったらやはり、しばらくの間誰かに料理を 作ってもらいませんか?」  ・・・・・やっぱり。  ある程度の予想はできていたから、別段意表を突 かれるといったことは無かった。  しかし、そこで異論を唱えたのは秋葉だった。 「・・・そんな、どこの馬の骨とも知れないシェフ にこの遠野家の台所を預けるわけには行きません。   もし万が一、兄さんの命を狙う者に雇われていた 者が来てしまったら一体どうするというの、琥 珀?」 (・・・秋葉や翡翠の料理を食うほうが、よっぽど 命の危険な様な気がするんだが・・・)  そう思ったが、言ったら最後、ホントに直接的に 命の危機にさらされるのは間違いの無い事なので (特に秋葉からの攻撃で)、何も自虐的なコメント はしなかった。 「・・・・・・・」  翡翠は、姉のほうをじっと見たまま何も言わない。  ただ、その表情から察すると、おそらく翡翠にも 琥珀さんがなにを考えている(企んでいる)かは判 りかねる様子だった。 「えっとですね、簡単な事ですよ。  私達の間か、あるいは良く知っているお友達の中 から、志貴さんの舌に合う料理を作った方にその役 目をお願いすれば良いじゃないですか」  人差し指を軽く顔の前に出して、いかにも”お姉 さん”らしい仕草を見せる琥珀さん。 「お友達・・・ってもしかしてアルクとか先輩のこ と?」 「・・・・・なっ」 「・・・・・・!」  真っ先に頭に浮かんだ名前に、秋葉と翡翠が瞬間 的に反応した。  そういえばどう言った訳か、秋葉はやたらとアル クやシエル先輩とは事ある毎に衝突するし、あまり 普段は感情を出さない翡翠も、不思議とこの二人に は良い感情をあまりもっていないように見えた。 (今度、少しでも仲良くなるように全員を集めてパ ーティーでも開催して見ようかな?) 「そんな、あんな未確認生物や腹黒エクソシストな んかを、この遠野家の台所になど、ま・・・」  招くことはできません、とでも言おうとした秋葉 の言葉を遮り、ガラリと窓が開いて抗議の声が飛び 出してきた。 「失礼ね、だれが未確認生物よ、妹」 「そんな、あなたのネチネチどろりとした愛情表現 や琥珀さんの一片の黒いカケラも表に出さない腹黒 さに比べれば私なんて可愛いものじゃないですか」  器用にも、アルクはシエル先輩の持つ剣の柄を掴 み、シエル先輩はアルクの右手首を押さえて、その まま転がり込むように組み合ったまま部屋に入り込 んできた。    「また庭で戦ってたんですか、2人とも」  良く毎日毎日飽きないもんだと思いながらも、一 応確認の為に声をかける。 「あ、おはよ〜ってもう夕方か。志貴、ごめんね、 今朝は起こしにいってあげられなくって。  この眼鏡おばさんが何故だがちょっと邪魔で行け なかったんだ。恨むんならこのおばさんを恨んで ね」 「・・・誰が眼鏡おばさんですか、誰が。第一、あ なたが来るのを遠野くんは迷惑に思ってるんですか ら。  遠野くん、そろそろきっぱりはっきりとこの妖怪 吸血泥棒猫又に言ってやってください。 ”僕が好きなのはシエルだけなんだ”って。きゃ☆」  自分で言っておきながらいやんいやんと顔を赤く して頬を両手で押さえる先輩は、それはそれでちょ っと可愛かった。  ゾクゾクッ  「・・・はっ」  ふと複数の殺気を感じて振りかえると、秋葉がす こし髪の端をゆらゆらとさせながらこちらを睨んで いる。  しかも、翡翠まで目を細くしているし、琥珀さん にいたっては笑顔のつもりなんだろうけど、目が笑 っていなかったりする。  そして、もっとも大きな殺気は、目の色を変えた て僕とシエル先輩を見ているアルクェイドだったり する。 一瞬、遠野家の一室にやたらと冷たい風が吹いた ような気がした。 「・・・私から言わせれば、あなた方2人ともが迷 惑そのものです」  その変わった空気の中で、最初に口を開いたのは 秋葉だった。 「さすがに兄さんがお世話になった方ですから、無 下にもするわけにいかないので多少のことは目を瞑 っておりましたが、あまりに目に余る振る舞いをさ れますとこちらもそれなりの対応を・・・」 「まぁまぁ、固い事は言わないでよ。  将来は姉妹になる間柄なんだから、仲良くしよ〜 よ」 「だ・・・・だ、だ、だ、だ、誰と誰が何で姉妹に ならなければいけないんですか!?」  秋葉に最後まで言わせず、ポンポンと肩を叩ける くらいの度胸があるのはアルクェイドくらいだろう。 「まぁ、私が来れば料理なんて毎日でも作ってあげ るからさ。  なんだったら、志貴には”あ〜ん”て食べさせて あげても良いんだけどな」 「なっなっなっなっ・・・・」  さっきまでは少しだけ揺れていた赤い秋葉の髪が、 今度は激しく波打ち始めていた。 「あ、秋葉落ちつけ。コレくらいで怒ってたらアル クェイドの相手はできないぞ」 「別に相手なんかしたくはありません!!  兄さんが”もう来るな!”とびしっと言ってくれ ればそれだけで事は済むんですっ!  兄さんにその、あの、あ、”あ〜ん”っていうの は秋葉がして、さ、差し上げます・・・から」      なんだか微妙に論点が変わってきているのは気の せいだろうか。  しかも、シエル先輩の表情が激変してるし、アル クェイドや翡翠に琥珀さんの様子を見る限り、さっ きよりも何だかまわりの空気が痛いような気がする。 「あ、そうだ料理のことだよ、誰に料理のことを頼 むことにするかを話しているんだよな。あはは」  少し俯いて両手を薄い(といったら間違い無く殺 されるが)胸の前でもじもじとしている秋葉の頭の 上に手を置いてぽんぽんと軽く叩きながら秋葉以外 の全員からの視線を見ないように上を向きながら呟 いた。  すると、今度はアルクェイドやシエル先輩が入っ てきた窓とは反対側の、普通に玄関からくれば開け る事になるドアががちゃりと開いた。  「えっと、料理ができれば良いんですか?」 「それは良いことを聞いたわ」 「へ? あきらちゃんに・・・弓塚?」  いきなり、以前ちょっとしたきっかけで知り合っ た秋葉の後輩のあきらちゃんと、なぜか弓塚がそろ って入ってきた。 「あら・・・瀬尾、今日はどうしたのかしら?」  秋葉が、少し妖しげな口調で問い掛ける。  その秋葉の声を聞いた瞬間、ぴきぃん、とこちら を向いて小さくてを振っていたあきらちゃんが凍り ついた。  そして、ぎぎぃっとまるで音を立てているかのよ うにぎこちなく顔ををこちらから秋葉のほうへと向 けた。 「あ、あ・・秋葉先輩。どうも、おじゃましま・・・ す」  先程の僕に見せた明るさは何処へいったのか、し かられている子犬のように秋葉をおどおどと見上げ ている。 「いらっしゃい。と言いたい所なんですが、今日は あいにくと取りこんでまして、ね。  委員会のことなら明日学校ででも伺うけれど?」  どうも”じゃまだから帰りなさい”と言外の圧力 を込めているようにしか見えない。  あ〜、あきらちゃんが何だか泣きそうな表情にな ってる。  いくらなんでも可哀相だ、と助け舟を出そうとし たがそれより前に琥珀が一歩前へと踏み出していた。 「秋葉様。弓塚様と瀬尾様は私がお呼びいたしたの です」 「琥珀が・・・?」  いかにも不審そうな声を出しながら琥珀さんを見 る秋葉。 「ええ、しかもその取りこんでいる件でお呼びした んですよ」  しかし、その秋葉の疑惑の眼差しにも全く動じず に、笑顔で返す琥珀さんもさすがだった。 「これで、みなさんお揃いになられましたね」  弓塚とあきらちゃんをみんなの前まで招き、その まま琥珀さんは全員の前に立つ形でぺこりと一礼し た。 「これで、って琥珀、どういう事なの?」  真っ先に質問を琥珀さんにぶつけたのは、やはり 秋葉だった。 「ええ、先程からお話されていたことです。  秋葉さまの言われる通り、やはり私達も良く知っ ている方にこう言った事はお願いしたほうがよろし いかと思いまして、志貴さまに食事をお作りになら れたいのでは、という方をお呼びいたしました。  …もちろん、そちらのアルクェイド様とシエル様 も含めてですが」  その琥珀の言葉を聞いた瞬間、秋葉の視線が琥珀 さんからあきらちゃんへと移動した。 「・・・・・あら、瀬尾。あなたは私の兄に食事を 作りたいのですか。  一体どういった理由があるのか、できれば教えて くださらないかしら?」  表情的には笑みがあるんだけれど、秋葉の目だけ は何故か笑っていないような気はするのは自分だけ の気のせいなんだろうか。 「え、え、、えっと、えっとですね、遠野先輩。  いつも遠野先輩、あ、それだとややこしいから・・・ し、志貴さん(ぽっ)にですね、お世話になってる んで、こう言うときにはやはり何かお役に立てない かと思ってたんですっ」  あきらちゃんはまた再び小さくなって上目使いに 秋葉のほうを見る。 「そう、瀬尾はやさしいのね。  じゃぁ、瀬尾は”恩返し”で来てくれたのね。あ りがとう」 「えっと、えっと、それだけじゃ・・・あ、あう」  なにやら部分的に言葉を強調した秋葉に反論しよ うとしたあきらちゃんだったけど、その秋葉の視線 の圧力に屈して何も言なかった。  学校でもあんな感じで秋葉に押されているのかと 思うと、かなり可哀相だった。 「まぁまぁ、後輩に焼餅を妬くのはそれくらいにし たらどうですか、秋葉さん」  何か助け舟を出そうかと思った先にあきらちゃん を援護したのはシエル先輩だった。 「そんな、私は焼餅なんて焼いてませんっ!  ただ、世間を良く知らない無垢な中学生が、兄さ んみたいな酷い男性に騙されているんじゃ無いか と・・・」 「・・・学食のパンの食べ方も知らない高校生も十 分に世間知らずなんだけどねぇ」 「なっ、なんであなたがそれを・・・!?」  ボソッとしたアルクェイドの突っ込みに絶句する 秋葉。 「ん〜? この間志貴が教えくれたんだ。 ”ウチの妹も可愛いところがあるんだよな〜”って 笑ってたけど?」  ア、アルクェイド・・・できればそれは黙ってお いて欲しかったんだけど・・・  秋葉のほうに視線を向けると、じっと眼を細めて こっち睨んでいた。 「・・・・・・・兄さん」 「・・・・・・・はい、なんでしょう、秋葉さん?」  あ、なんか秋葉の髪が一気に赤くなってるんだけ ど。 「私、兄さんのだらしないところかを全部学校とか で話してもよろしいかしら?」 「ごめんなさいすいません。これからはしませんの でそれだけは勘弁してください」  秋葉が暴露話を始めた場合、それこそお嬢様学校 の内部に始まり、さらにはそこから伝わってこの近 所一帯に”あの遠野家の長男が・・・”なんて後ろ 指を指されかねない。  まだこれから長くここでの生活をしたいだけに、 ここは穏便に済ませたい。  しかも、嘘八百ならともかく、自分がいかに普段 からだらしないかは十分に自覚しているだけに何と も言えないのはさすがにちょっと情けない気もする。  ”もぅ、2人だけの大切な想い出を誰かに話すな んて・・・”  どこからか、そんな言葉が聞こえてきたような気 がした。 「では、説明を続けさせていただきますね」  あくまでマイペースな琥珀さんが、頃合をみはか らっていたかのように、途切れた会話の間に入って きた。 「えっとですね、お恥ずかしい事ですが、ちょっと この様な有様で」  と言って、その包帯に巻かれた右腕を軽く前に出 して見せる琥珀さん。 「それでですね、しばらくの間、この遠野家の台所 が・・・」  そこまで言うと、アルクェイドをはじめ、弓塚や あきらちゃんまでもが秋葉と翡翠のほうをじっと見 た。 「うっ・・・・」 「・・・・・・」  その無言の問いかけに(というよりは哀れみ?)、 苦しげな表情で息を詰まらせた秋葉と、恥ずかしそ うに赤くなって俯く翡翠。 「そういう訳ですので、ここは普段から親交のある どなたかに、誠に申し訳無いんですがピンチヒッタ ーということで志貴さまや秋葉さまのお食事をお作 りして頂けないかと・・・」 「まぁそういうことだったら引き受けるわ。いつも なんだかんだで世話になってるしね。  あ、シエルもさっちんもそこの妹の後輩もそうい ことだから、もう帰っていいわよ」  琥珀さんの言葉を最後まで聞かず、アルクェイド が割り込んできて、シエル先輩に手で”しっしっ” などとし始めた。 「な、何をいうんですかこのアーパー吸血鬼が。あ なたごとき人外の生物が人様の食事を作ろうとする なんて、たとえ神が見過ごそうとしてもこの私は決 して許すことはできません。  ・・・ということですから、ここは私がお引き受 けいたします。他の方々はお帰りください」  ジャキン、とシエル先輩の制服のポケットの中か ら妙な金属音が聞こえてきた。 「・・・アルクェイドさんもシエルさんも遠野くん と知り合ってからまだ間が無いじゃないですか。  ここは、普段の学校からも素顔の遠野くんを知っ ている、私にまかせてもらえれば・・・」  アルクェイドやシエル先輩に負けないようなどこ か迫力を持って、弓塚がにらみ合っている2人に近 づく。  しかし、弓塚はいったいどんな姿を見ていたとい うのだろうか?  そのあたりについては後でじっくり聞いておきた いような気がする。 「やはり料理は実力だと思います。  この間の家庭科実習でもばっちり作れたんで、私 にまかせてください・・・」  やはり迫力という点では先輩達に引けをとるあき らちゃんは、かなり小声で一応主張する。  ・・・が、もはや先輩達3人は聞いておらず、論 戦の真っ最中だったりする。  「はいはいはい〜」   それほど大きな声ではなかったが、琥珀さんが無 事なほうの左手を軽く振ると、それまで激しく言い 合っていた3人(ほとんどはアルクェイドとシエル 先輩だが)がぴたりと止まった。  もし僕が同じような状況で割って入ろうとしても、 おそらくはなかなか相手にしてもらえないような気 がする。  そう考えると、琥珀さんはひょっとしたら僕らよ りも強い存在じゃないんだろうか・・・ 「最後までお話をしっかりと聞いてくださいよ〜、 みなさん」  めっ、といつもの指を立てる癖はその肝心の指が 包帯で巻かれているためにできなかったので、左手 でいつものポーズを作った。 「・・・食事をお作りしていただきたいのですが、 多分希望者が多数になるということが予想されます ので、ここはやはり厳正なる選考を行ってみたい、 ということを申し上げたかったのです」 「厳正なる・・・?」 「・・・・・選考?」  にらみ合っていたアルクェイドとシエル先輩が、 同時に顔を琥珀さんの方へと向けた。 「はい。選考です。まぁ、手っ取り早く言えば料理 対決ですね。  で、当の志貴さんに、一番おいしいと思わせる食 事を作られたかたに、この役目をお願いいたしま す」  端で小さく、「やった」というあきらちゃんの嬉 しそうな声が聞こえた。 「しかもっ!」  さらにそこで琥珀さんはごそごそと左手で和服の 袂から”賞品”と書かれた水引きの付いた豪華な紅 白の封筒を取り出した。 「先程商店街で福引をした際に、なぜが1泊2日の 温泉旅行が当たってしまったんです。  2名用のチケットですが、先程秋葉様に”自由に 使って良いわよ”と言われましたので、ここでこの 際だからこれも賞品として付けちゃいます☆」   「な−−−!」  秋葉が絶句している。  まさかこんな事に使われるとは思っていなかった らしい。 「・・・・・」 「・・・・・」 「・・・・・」  ふとなにやら妖しい気配がしたので横を見ると、 アルクェイド達はともかく、あきらちゃんまでもを 含め、全員の目つきが変わってた。 (女の子にとって温泉って・・・そんなに行きたい ものなんだろうか?)  それだったら今度みんなでのツアーでも計画しよ うかな・・・ 「ということで明日、この場所にて”第1回 遠野 家シェフ(代理)決定戦”を行います。  みなさん、ふるってご参加くださいませ☆」  それが解散の合図になったのか、次の瞬間にはア ルクェイドもシエル先輩も、無言で足早に部屋を出 ていってしまった。    「・・・あ、あれ?」  気がつくと、もはや琥珀さんを除いてだれも居な くなっていた。 「志貴さん、明日は頑張ってくださいね」  そう言ってにこりと微笑む琥珀さんの笑顔の奥に 何があるのかは・・・僕には判らなかった。     翌日の夕方。  遠野家の居間は、前日までと打って変わった様相 を呈していた。 「今日はすこし遅れて帰宅していただけません か?」  という琥珀さんの妙なお願いもあり、有彦とゲー センで時間をつぶしてから遠野家の門をくぐった。  そして居間に入ろうとすると、そこには朝まであ った普段の風景が一切無く、なぜか料理用のステン レスのテーブルや調理器具がずらりと揃えられてい た。  しかも、それらは中央にある別のテーブルを向く ように置かれていて、その中央のテーブルにはすで に幾つもの食材が山のように積まれていた。 「・・・・・なんだ、こりゃ」  さらに、その部屋の中央のテーブルの奥の一段高 いところに小さいやたら豪華そうな食卓が置かれて いた。  ・・・見たくは無かったが、そこには「審査員・ 志貴様」というプレートが書かれて置いてあった。  さらにその脇には、それよりもふた周りほど小さ な文字で「解説・琥珀」と書かれているプレートも。 「琥珀さん・・・凝りすぎだってば」  ここまで来るともう怒る気力も無く、”一体これ だけのバイタリティは何処から来るんだろう?”と いう疑問しか浮かばなかった。   「あ、お帰りなさい、志貴さま」  パタパタといつもの和服姿で奥のほうからこちら の姿を見つけた琥珀さんが足早に近づいてきた。  和服から出た右腕を覆う白い包帯が痛々しい。 「琥珀さん・・・これは・・・」 「まぁまぁ、せっかくの機会ですからこれくらいは 盛り上げないと。  みなさんは先程からすでに準備に入ってますから、 あとは志貴さんをお待ちしていたんですよ」    さぁさぁ、という琥珀さんの左腕に背中を押され、 部屋に戻って制服から着替えた。 「・・・あれ? そういえば翡翠が来ないな?」  ちゃんと畳まれて置いてあった普段着に袖を通し ながらも、普段だったら帰宅してら直ぐに来るはず の翡翠の姿が見えないことに気がついた。  翡翠も琥珀さんの手伝いにでも巻き込まれている のかと思い、翡翠が来るのを待たずに居間(会場?) に戻ることにした。 「さぁさぁ志貴さん、こちらへどうぞ」  着替えて戻ると、待ち構えていた琥珀さんに背中 を押されながら、先程目に入ってしまった、”審査 員”とプレートのついた椅子に有無を言わさずに座 らされてしまった。  そして、僕を椅子に座らせた瞬間、袂の中からご そごそとリモコンを取りだし、おもむろにボタンを 押した。  すると、シャーッと窓にカーテンが自動でかかり、 外から差しこんでいた夕日をすべて遮った。  次に琥珀さんがボタンを押すと、今後は部屋の明 かりがすべて落ち、あたりが真っ暗になった・・・ いや、なぜが琥珀さんのところにだけスポットライ トが当たり、和服のその姿を浮かび上がらせていた。  しかも、次にボタンを押したあとで、また袂のな かで手を動かしたかと思うと、今度はリモコンでは なく、真っ赤なリンゴをなぜが手に持っていた。 「私の記憶が確かなら・・・」  琥珀さんがいつもの口調で宙を見ながら話し始め ると同時に、重厚なクラシック調の音楽が・・・  そこで、琥珀さんはかぷり、と器用に左手でリン ゴを一口齧る。  一瞬、どこぞの学芸会の様に、そのままリンゴを 齧った直後に気を失ったらどうしようかとも思った が、さすがにそういった展開ではないらしい。 「・・・愛する人に作るという事ほど、最高の料理 の機会はないでしょう。  古より語り尽くされた名言にも存在します・・・ 料理は愛情、と」  ほんとに真面目そうに語る琥珀さんに、暗闇のど こかから”ぷっ”という吹き出したような声が聞こ えた。  しかし、琥珀さんはまったく動じることなく、演 技(?)を続けている。 「今日ここに集いし各人は、いずれも自分の愛情そ のものをすべて包み隠さずその腕に込め、愛する相 手の口元に捧げる為に額に汗して働きし乙女っ!」  そこで琥珀さんが口調を強めると、今度は6つの スポットライトがぱっと別の場所に当てられる。  ・・・そこには、アルクェイド、シエル先輩、秋 葉、弓塚、あきら、翡翠が立っていた。  ただ、何故かシエル先輩とアルクェイドはお互い に剣と拳で衝突直前の状態であったが。 「・・・・・場外乱闘は即失格となりますのでご注 意下さいね」  琥珀さんは普段の口調に戻って注意すると、渋々 ながらも2人とも武器を納めた。  その様子を見た後で、琥珀さんはこちらに笑顔を 向けた。   「・・・時間も無いので、すでに料理は作っちゃっ てもらってます。  という事で志貴さん、これから試食のほうをお願 いしますね☆」 「あの・・・あの積まれている食材とキッチン道具 一式は?」 「ああ、あれは飾りですよ。  何も無いとさすがに寂しいじゃないですか。だか らイミテーションを借りてきました☆」  その後で、「どうせあの方達ではまともにあれら を使っても・・・」という小声の台詞がどこからか 聞こえたような気がした。  果たしてどのようなモノが出てくるのか、考える と胃のほうが萎縮しそうになったのでできるだけ料 理が運ばれてくるまで考えないようにした。  「では、まず最初はシエルさんの作品です」  どうやら、くじ引きで順番は決めていたらしい。  ご丁寧に、”順番抽選箱”とかわいらしい文字で 書かれたくじ引き用の箱が、琥珀さんの解説用(?) の机の脇に置かれていたりする。  その琥珀さんが、アルミ蓋の付いたお盆をテーブ ルまで持ってきた。  横のシエル先輩が、何故か学生服ではなくて教会 のあの服装というのがちょっと不安だったりする。  しかし、当の先輩はにこにことこちらをみて微笑 んでいる。 「さ、志貴くん。どうぞ召し上がってくださいな☆」  そういって、丁寧に目の前に置かれたお盆の蓋を ぱかっと開ける。  するとそこには色とりどりの・・・ではなく、黄 色で揃えられた皿が並べられていた。 「まぁ、予想はしていたんだけどね」  カレーライス、カレーパン、カレー味付きサラダ、 カレーうどんが並べられていた。  さすがにこれだけ並ぶと、漂うカレーの香りだけ で胃のほうが疲れを感じてしまう。  それでも一通り何口か食べると、すこし妙な事に 気がついた。 「あれ? これって何か昔良く食べたような味と似 てるんだけどなぁ・・・」  カレーライスを少し食べてから、ふと記憶をたど る。 「えっと、良く夏休みとかに有彦のアパートで暖め て食ったレトルトの・・・え?  ま、まさか先輩、これって手作りじゃないの?」 「あは、気付いちゃいましたか。その通りレトルト です。  ちなみにご飯はサ○ウのご飯だったりしますけど、 それも気付きましたか?」  あっけらかんと言うシエル先輩に、控えていたほ かのメンバーがブーイングをする。 「先輩、それは反則ではないのですか?」 「やっぱりドス黒いわね」 「そんな、先輩に出来合いのものを食べさせるなん て・・・」  秋葉、アルクェイド、あきらちゃんがそれぞれ非 難の言葉をぶつける。  ちなみに、カレーライス以外は、サラダは近所の スーパーで、カレーうどんは何とカップ麺のをそれ ぞれ準備して入れ物だけを変えたという事だった。 「まぁ、出来合いのものを使ったら反則、というル ールは作りませんでしたからねぇ」  と琥珀さんも困ったような笑顔を浮かべている。 「あ、でも手作りの物もちゃんとあるんですよ」  手を胸の前で合わせてシエル先輩が嬉しそうに言 ったあとでそっと指で示したのは、デザートのプリ ンだった。 「へぇ、先輩もこういったお菓子とか作るんですか ぁ」 「ええ、これはお店では売ってないので、自分で作 るしかないからなんですけどね」  だから時々自分でつくったりするんですよ、と照 れたような仕草を見せるシエル先輩の先にあるプリ ンは、どう見ても普通のプリンにしか見えないんで すけど・・・  まぁ、食べて見ないと判らない、と思い、上に乗 っかったカラメルソースと、したの黄色いプリンの 部分を一緒に掬って口に入れた瞬間、良く考えるべ きだったと後悔した。 「・・・・・・・・・確かに、これはお店では売ら ないと思うよ、先輩」  口の中で暴れる甘いソースと、カレー味のプリン に絶えながら思ったままの意見を述べた。  間違って企画が通ってどこかの店が販売したとし ても、売れるのはシエル先輩の分くらいだろう。  テーブルの脇に用意されたお茶で口の中を濯いで から、琥珀さんに渡された採点表に「50点」と書 きこんだ。  まぁ、市販モノがメインでは採点も何もあったも のではないが、ささやかながら「女の子の手作り」 を期待していた分ちょっと残念だった。 「それでは・・・つぎはあきらさんですね」  シエル先輩がちょっと残念そうにお盆を片付ける と、琥珀さんに呼ばれたのはあきらちゃんだった。 「えへへ・・・ちょっと緊張してます」  いつもの上目使いでこちらをみるあきらちゃん。  制服の上からのエプロン姿がまた可愛らしい。し かも学校で使っているものらしく、胸ポケットのと ころに”瀬尾”とマジックで書かれているのも妙に 初々しい。  まぁ、後ろのほうで秋葉が腕を組んでじぃ〜と見 ているのはあきらちゃんには黙っておこう。  で、肝心のものはどうかと勢い良く目の前に置か れたお盆の蓋を開けた。 「・・・・・ご飯と味噌汁?」  そこには、まだ湯気の出ている真っ白なご飯と、 豆腐と葱の浮かんでいる味噌汁が乗っかっていた。  しかも、その脇にたくあんがちょこっと小皿に置 いてあったりする。 「やはり日本人ならお米とお味噌は基本じゃないか と思うんです」  そういいながらも、こちらを不安そうに見ている。  見た目にはとくに危険性(?)は無さそうだった ので、とりあえず箸を取って食べて見ることにした。 「ん・・・おいしい」  ご飯もちゃんと炊けているし、味も悪くない、どこ ろかかなりおいしく感じた。  そして、味噌汁のほうも味噌の塊とか、切れてな い大きな豆腐とかもなかったし、味は以前毎日食べ ていた有間のおばさんの腕前にはさすがに少し及ば ないが、それでも十分においしかった。 「ほんとですか!?」  さっきまでの不安そうな眼差しから変わって、今 度は嬉しさを全身で表すあきらちゃん。   「ほんとだって。これなら毎日食べたいくらいだよ。  でも、できれば何か他のおかずも欲しかったりす るんだけどなぁ〜」   さすがに、毎日ご飯と味噌汁だけというのは勘弁 して欲しいところなので、正直に言ってみた。  すると、笑顔だったあきらちゃんの顔がすこし引 きつった。 「あう。やっぱりそう思いますよね・・・」 「う〜ん、さすがに毎日これだけっていうのは、ち ょっと、ね」 「えっと、じつはまだこれしか上手く作れないんで す。  まだ他のメニューはできませんけれど、いつかき っと覚えますから・・・」  なんかどこかのお姫様が使ったような台詞を言い ながら、あきらちゃんは恥ずかしそうに縮こまる。 最後に、“今度はおかずの実習もありますし”と いうような事を小さく呟いていた。  そんなあきらちゃんは、料理が失敗して旦那に謝 ってる新妻のようでなんか・・・良かったりする。  思わずがしっと両手で抱きしめたくなるのを、こ れもまたどこぞの泥棒と同じようにこらえる。  まぁ、ちょっと兄離れのできていない秋葉の前で そんなことをしたら、あきらちゃんが明日から学校 でいじめられるんじゃないかと心配だったりするの が大きな理由だけど。 「うん、でもいまはこれで十分じゃないのかな。ま だまだこれからなんだし。  うん、あきらちゃんと結婚する相手は幸せだね」  そういって頭を撫でると、あきらちゃんは何故か 真っ赤になって眼を潤ませて見上げてくる。 「あ、あの。私は・・・しきせんぱ・・・ひっ!」  何か言おうとしたあきらちゃんだったけれど、ぽ ん、と肩に置かれた手にびっくりして言葉は途中で 止まってしまった。 「瀬尾。ちょっと話したいことがあるんだけど・・・ いいかしら?」 「と、と、遠野・・・先輩・・・」  やけに不機嫌な秋葉の声に、瞬間的にあきらちゃ んが凍りついた。 髪を真っ赤にして額に青筋を浮かべながらも笑お うとしている秋葉は、お兄ちゃんでもかなり怖い。  そして、そのまま固まってしまったあきらちゃん を、秋葉は軽々と片手でズルズルと引きずっていっ た。  ・・・ただ不思議なことに、琥珀さんをはじめ誰 もそれを止めなかった。  2人の姿が見えなくなってからまもなく、あきら ちゃんの悲鳴が聞こえて、それからすぐに、まだ少 し怒っている秋葉と、頭を押さえてすこし涙ぐんで いるあきらちゃんが姿を再び現した。 「さ、次の方に移りますか」  それを見届けてから、何事も無かったかのように 琥珀さんが話しかけてきた。なぜかすこし不機嫌そ うに見える琥珀さんの視線から眼をそらせてから、 「80点」と採点欄に書きこんだ。 「で、次は・・・弓塚さんか」  琥珀さんの脇には、いつもの制服姿の弓塚がこち らに手を振っていた。 「いまの子がご飯にお味噌汁なら、私だって問題無 いとおもうんだけどな・・・?」 「・・・・・う〜ん、難しい問題だね」  目の前に置かれた真っ黒のトーストと真っ黒のコ ーヒー、さらにとどめとばかりにやたらと黒くこげ ている目玉焼きを見て、少し考えてしまう。  確かにさっきのあきらちゃんのを和食の基本とす れば、これは・・・洋食の基本なのだろうか?  しかも、さっきのあきらちゃんと違って、その基 本もかなり怪しい状態のような気もする。 「なんか体に悪そうな気もするんだけど。  ・・・とりあえず、いただきます」 じっとこちらを見ている弓塚に、さすがに何も口を 付けずに評価するのもちょっと可哀相な気がしたの で、まずは一口食べて見る事にした。  妙に指の先にじゃりじゃりとした感覚を味わいな がら、少しどこか焦げ臭いトーストをぱくっと一口 齧ったところで、感覚が一瞬麻痺した。 「・・・苦甘い」  てっきりバターかマーガリンでも塗ってあるのか と思っていたそれは、バターの上に蜂蜜までぬって めちゃめちゃ甘くしたほとんどお菓子に近いような 代物だった。  ちゃんと普通に焼けたトーストであればまだお菓 子レベルで片付けることができるのだが、それが十 分過ぎるくらいに焼かれたトーストに塗られている ものだから、その苦味と合わさって実にインパクト の強いものになっていたりする。 「そう? わたしはずっとそれを朝ご飯に食べてた んだけど」 「・・・ちなみに聞くけど、それも普段から自分で やったりするの?」 「う〜んと・・・結局あんまり家では自分でやらな かったからね、こういうの。 普段お母さんが作ってたのを真似てみたんだけど、 ちょっと普段よりも黒っぽいようにも見えるか な・・・  もしかして、美味しくなかった?」  少し寂しそうに苦笑する弓塚。  まぁ、普通の生活が遅れなくなった今となっては 弓塚を責めるのも可哀相か、と少し同情しながら、 口直しにコーヒーを・・・飲もうとして一口で吹き 出した。  さっきのトーストの上に乗っていたものと同じ位 に甘い、色のついた砂糖水としか形容できないソレ に目が点になった。 「あのさ、もしかして弓塚、ブラックのコーヒーと かって飲んだ事ある?」  その質問に、弓塚はすごく驚いたのか目を大きく 見開いた。 「まさか、そんなの飲まないわよ。  あんな苦いだけの毒みたいな状態のままなんて。 体にいいわけないんだから」 「・・・・・・・・・・」  まぁ、このあたりは味覚の違いということで仕方 の無いことなんだろうか。 それ以前に、料理勝負に朝食メニューで望むという こと自体に問題があるような気もしないではない。  とどめは、これも程よく焦げた上に今度は塩とコ ショウで十分過ぎるくらい味付けされ、絶妙な苦辛 さの仕上がりになっている目玉焼きだったりした。 ・・・これからの弓塚の心配をしつつ、その本人に は見えないようにしながら「30点」と書きこんだ。 「・・・・・・・」 「次は・・・翡翠か」  琥珀さんの脇で、じっと何も言わずにこちらを見 る翡翠。 傍から見ると無表情の翡翠だが、実は良く見ると ちゃんと細かい仕草などで感情を表現しているとい う事に、時間をかけて接していると判るようになっ てくる。  実際に、今だってよくみると腕とか足元とかが微 妙に揺れていたり、いつもよりもすこし顔がこわば ってたりしてるので、“あ、ちょっと緊張している な“と判ったりする。  遠野のこの屋敷に戻ってきた最初の頃なんて全然 気がつかなかったのが今になって逆に不思議に思え たりする。 「あ、翡翠ちゃん、緊張してますね〜」 などと、一番翡翠のことが判っている琥珀さんが、 大きな声で言ったりするものだから、言われた瞬間、 顔を赤くして翡翠が俯いてしまう。 「ね、姉さん!」 「だって本当のことでしょ? 昨日の夜遅くまで頑 張って練習までして。志貴さんに食べてもらうんだ から、とか言ってほとんど徹夜で・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・」  さっきよりもさらに顔を赤くして俯いている翡翠 を見る。  そこまでして来てもらったことに嬉しくないはず が無いが、こう言うときにうまい言葉が思いつかな かったりする自分がちょっと情けない。  だから秋葉にも、”兄さんは相手に対する思いや りが足りない”などと言われてしまうのだろうか。 「あ、ということは、今回のも琥珀さんが手伝った の?」 「いえいえ。さすがにそれはいけませんから、今回 お出しする分に付いては一切かかわってないです よ」  だから正真正銘の翡翠ちゃんだけのの愛の篭った ものですよ〜、と、間を取ろうとした質問にさらに 突っ込みを入れられ、ますます間に流れる空気がお かしなものになる。 「姉さん!」 「いいじゃないの。ここが翡翠ちゃんにとってのチ ャンスなのよ。  普段はご主人様とそのご主人様のことを愛しなが らも決してそのことを口に出せないメイド、という 立場なんだから。  ここで、料理に愛情を込めて訴えれば、たとえき っと鈍くて鈍感で朴念仁なご主人様でも気付くと思 うのよ」  ・・・・・お願いだから琥珀さん、その当のご主 人様の前で堂々と悪口を言うのはやめて欲しいと思 ったりする。  あ、翡翠の顔が湯気でも出しそうなほどに赤くな ってる。  ん、あれ?  琥珀さんの言葉が頭の中でリピートする。    ”愛しながらも、って、もしかして翡翠、え?”  今、琥珀さんがそう言って、で、翡翠はそれに反 論しなかったわけで・・・・・・・  一瞬、なぜか有彦のアパートで見たパソコンゲー ムの、地下室で主人の前に跪くメイド服の女の子の 姿が目の前の翡翠と重なってしまった。  今まで翡翠についてはそんな気持ちのことなんて 考えたことが無かったから、いきなりの爆弾発言に 頭の中がぐるんぐるんに踊っていたりする。  だからといっても、とんでもない事を想像してし まった事にちょっと自己嫌悪。  まるでそんな頭の中までも見透かされているんじ ゃないかという琥珀さんのニコニコ笑顔にさらされ ているこの時間が辛い。  それに、こんな事考えているなんてバレたりした ら、琥珀さんはともかく秋葉やシエル先輩に何を言 われ、いや、されるか考えるのも恐ろしい。 「ちょっと〜、はやく始めようよ〜。後だってつか えてるんだから〜」  普段は邪魔に感じることが多いアルクェイドが、 今回ばかりは助けの神のように見えた。 「あ、はいはい。わかりました〜」  翡翠と僕をニコニコと見ていた琥珀さんが、アル クェイドの催促に一瞬間を置いてから返事をした。 「お待たせいたしました。これがv翡翠ちゃんの作品 です」  ぱかり、と可愛らしい音と共に開いた中には・・・ お菓子がたくさんあったりする。   「・・・デザート?」  見たままの感想。 「まぁ、そう言うことになりますねぇ。  さすがに一夜漬けで料理を覚える、なんて事は絶 対にできませんから・・・」  できるだけ作り易いものを琥珀さんが選んでアド バイスした、ということだろう。  ハート型のチョコレートにクッキーとケーキ。そ して紅茶。見事な定番が並んでいたりする。 「・・・・・」  さっきまで顔を真っ赤にして俯いていた翡翠は、 ようやく立ち直ったのかこちらをじっと見ていた。  今度は不安の眼差しで。  ここで、さっき弓塚にはとんでもないコーヒーを 飲ませられたことが蘇る。  せっかくおいしいデザートを食べても、最後にま た砂糖水ではたまらないと思い、まず先に今回は紅 茶を選んだ。  そして、一口その紅茶を飲んだら・・・それは意 外にもかなりおいしかった。 「あ、おいしい」  その一言で、不安そうだった翡翠の表情がぱぁっ と一気に明るくなった。  そのまま、これなら大丈夫、と思って次にケーキ を一口・・・齧ったところで止まった。  なんとなく、”まさかそんなお約束は・・・”と は思っていたが・・・ 「・・・・・塩」  あわてて紅茶を一気に飲む。 「あれ? どうしたんですか、志貴さん」  さすがに不思議に思ったのか、琥珀さんが聞いて くる。 「・・・・お約束だけど、砂糖と塩が・・・・」  それだけで、琥珀さんはあははと困りながらも笑 い、翡翠は蒼白になり慌ててこっちまで駆け寄り、 その白い指先でケーキのまわりのクリームを掬い、 口に運んで・・・固まった。  このようすからすると、さすがに翡翠が狙ってや ったことでは無いだろうが。  翡翠の横にいる姉は・・・表情からでは何を考え ているのか判らないが。  さすがに嫌な予感がしたので、クッキーを調べて みたら、ベーゴマとも戦えるだけの強度があること がわかり、さすがに申し訳無かったが、こちらも遠 慮することにした。  翡翠はいまにも泣き出しそうな・・・というか、 すでに瞳が潤んでいたりする。 「本当に申し訳ありません。お口を汚すような代物 を作ってしまい・・・」  そして、深々と頭を下げるその体も、ちょっと震 えている。 「あ、いいんだよ翡翠。料理が大の苦手だった翡翠 が、一生懸命頑張ったんだから」  外野から「嘘吐き」だの「外道です」だの「いつか刺 されるよ」という声が聞こえたような気もするが、 気付いていないフリをする。 「志貴さま・・・」  てっきり怒られるとでも思っていたのか、そんな 言葉をかけられて驚いた様子で翡翠はこちらを見上 げる。 「怒らないのですか? 美味しくないものを食べさ せられたというのに」 「別に怒ったりなんかしないって。すごく嬉しいく らいだから」  そういって最後に残っていたハート型のチョコレ ートをひとつ取って齧る。 これは、市販のものを一度溶かして自分で型を取 ったらしく、あちこちにヒビが入っていたり、泡が 残っていたりとあまりきれいな形とは言えないかも しれないが、“手作り”という事がはっきり判って いて逆に新鮮かもしれない。 ・・ちょっと熱のかけ過ぎがあったのか、少し苦味 が出ているチョコレートだけど、なんとなく嬉しく なって自然に笑みが出てしまう。 正直、今までの人生で手作りのチョコレートなん て作ってもらった事が無かっただけに、それだけで も凄く嬉しい。 「コレなんかは結構美味しいし、この調子だったら 他の料理だって翡翠がやってみようと思って頑張れ ば、いつかは美味しいものが食べられるんじゃない かと思うよ」  正直に思った感想を言うと、今度は嬉しそうに胸 の前で両手を組んで、こちらをまぶしそうにこちら をみた。 「ありがとうございます・・・一からまた頑張って、 こんどこそ美味しいものを作れるようにいたしま す」  そして妙に気合が入ったまま、翡翠はまた部屋の 隅へと戻っていった。  ”期待してるから”、とその背中に心の中でエー ルを送りながらも、”今はまだ30点”と記入した。 「・・・さて、次は秋葉さまです」  その琥珀のアナウンスと共に入ってきた秋葉の格 好に、その場にいた全員が凍りついた。  その、予想すら付かなかった展開に。 「・・・・・秋葉?」 「秋葉さま。これはまた考えましたねぇ・・・」 「妹、ずるいぞ〜」  僕、琥珀、アルクェイドの感想がほぼ同時に出た。  ・・・翡翠と同じ、メイド服をきっちりと着込ん だ秋葉に対して。  いつの間に用意したのかはわからないが、自分用 に合わせて作っているらしくサイズもぴったりだっ たりする。  しかし、当の秋葉はさすがにソレくらいの外野か らの抗議ではまったく動じなかった。 「兄さん。・・・お持ちいたしました」  まったく音を立てずに、本来なら琥珀さんが持っ てくるはずだったお盆を何故か自分で持ってこちら に歩いてくる。  その、見ていて非の打ち所の無い流れるような秋 葉の仕草に、琥珀さんまでもが言葉もなく見つめて いる。  コトリ、とわずかに小さな音だけを残し、テーブ ルにお盆を載せ、その中から、ゆっくりと、けれど も少しの無駄も無い動きで取り出したのは・・・ほ かほかに湯気の立っているおかゆだった。 「・・・おかゆ?」 「はい。正真正銘の、おかゆです」  少し失礼かなとは思いつつも、その湯気の中を覗 きこんだりする。  ・・・見た目と匂い的には、特に危険な気配は漂 っていなかったりする。 「酷いですね。私だって、いくらなんでもこれくら いはできます」  すこし怒った声でこちらを睨む秋葉。 「兄さんは覚えていないかもしれませんが、シキと の出来事の後、お父様の目を盗んでこうやってこっ そりとおかゆを持ってきたことがあるんですよ」  やっぱり覚えていないんですね、とすこし斜めに かまえてさらにこちらをじろりと秋葉は睨んでくる。 「・・・ごめん」  下手な言い訳を始めたりするとさらに怒りだすの を知っているだけに、こういう時は素直に謝る。 「まぁ仕方がありません。兄さんが酷いのは今に始 まったわけではないですから」  そう言って肩を竦めてから、すっと秋葉がいつの 間に用意していたのか、椅子を取り出し、ちょうど こちらと正面に向かい合うように座った。  そして・・・その熱く湯気のでているスプーンの 先を、秋葉はまず自分の口元に持っていき、そこで ふぅっ、と息をかける。  何回か息をかけ、すこしその登る湯気が少し弱く なったのを見計らって、秋葉が今度はそのスプーン をこちらの口元へと持ってきた。 「さ、どうぞ」  そういって顔を近づけてようやく判ったが、秋葉 の顔もすこし赤かったりする。 「あ〜! 妹、それ反則!」 「味で勝てないからって・・・やはり吸血系は腹黒 いですね」  アルクェイドとシエル先輩がさっきよりも大きな 声で文句を言ってきた。 「失礼な・・・これも、あ、愛情のひとつですっ!」  最後の部分はちょっとどもりながらも、秋葉はき っぱりと言い返す。  そして、何事も無かったかのようにまたスプーン をこちらへと向けてきた。 「さ、兄さん、どうぞ」 「・・・・あ、ああ」  先程までの見事な身のこなし方からすると、こん どは妙にぎこちなく見える。  すこしスプーンが揺れて・・・というよりは、秋 葉全体が揺れているらしい。  それでも、中身をこぼさずに待っていられるのは、 やはり秋葉の凄いところかもしれない。  その可愛い妹の照れた様子を見ながら食べたおか ゆは・・・ちゃんと食べることができたりする。  正直、秋葉の料理だから一体どんなものが出てく るかかなり怖かったが、さすがにおかゆくらい質素 なものになると、危険な反応を起こす要素も無いた めに何とか作ることができるのかもしれない。 「まぁ、美味しくは無いでしょうが、ちゃんと食べ られるものだったでしょ?」 「あ、ああ。でも正直言ってちょっと驚いたかな?」 「あとはこれからの努力次第、というところでしょ うか。  ・・・いつも傍に私の作った料理を食べてくれる 相手がいれば・・・いずれ上達はすると思います が?」  そういってじっとこちらを見る秋葉。  お兄ちゃんとしては、たまにみせるこういう秋葉 が可愛らしくて気に入っていたりする。  なかなか見ることのできない光景を見せてもらっ たことを考えると、琥珀さんの企画した今回みたい なイベントも、悪くないんじゃないかと思ったりす るのは、やはり自分も”妹離れ”ができていないん だろうか。  内心で、琥珀さんに感謝。  ただ、そんなときでも”60点”とつけた自分 は・・・やっぱりちょっとお兄ちゃんとしては厳し いのかもしれない。  まぁ、正直おかゆだけでは何とも評価しにくいし、 第一、これで秋葉が毎日食事を作るなんて事になっ たら、下手をすると琥珀さんの腕が治るまで毎日お かゆが主食、となる可能性もあったりする。  それは勘弁して欲しい、という気持ちも(多分に) 入っていたりする。 「さいごは・・・アルクェイドか」 「へへ〜。真打登場、ってトコロかしら?」  何がそんなに嬉しいのかは判らないが、やたらと うれしそうにしながらこちらへと来る。 「そういえば、アルクエィドは確か料理が上手かっ たと思ったんだけど?  ネロ編では、ちゃんと朝食とかも作ってたしな」 「まぁね〜。知識としてはかなり有るほうだとは思 うんだけど・・・?  ただ、実践回数からするとまだちょっと少ないか な」  あぁ、そういえばアルクェイド自身は眠りについ ている時間が長くって、活動時間から考えるとそれ ほど長くは無いんだったっけ。  アルクェイドの場合、知識から考えるとおよそ大 昔(失礼ね:アルクェイド)の異国のメニューでさ え、材料さえあれば作ってしまうことができるんだ よな。 「でもまぁ、今回は禁じ手が多くって困っちゃった のは確かね」  ただ、意外なことに彼女の口からはそんな台詞が 出てきた。 「「・・・禁じ手?」」  琥珀さんと見事にハモってしまった。 「あれ? 今回はそんなにきびしくした覚えはなん ですけど〜」 「いやいや、もっとこう、大きな見えない世界から の圧力が・・・」  そう言いながら、上のほうを指差すアルクェイド。 「?」 「ん、ホントはね、妹がやったのと似たような事を するつもりだったんだけどね」  そこで、アルクェイドは秋葉のほうに視線を向け た。 「私と・・・ですか?」  少し離れたところにいた秋葉が、不思議そうに問 い掛ける。 「うん。3つ位は考えたんだけどねぇ・・・  ひとつは、エプロンだけつけて登場でしょ、ふた つめは、自分のからだにおかず乗っけて登場でしょ、  そして最後は、お酒をこうやって・・・」 「わ〜っ、もういけません!!」  まだ何か続きを身振り手振りで示そうとしたアル クェイドを、珍しく慌てた様子の琥珀さんが大声で 遮った。 「コレ以上続けると、このコンテスト自体が無くな ってしまいます〜」  えっちなのは駄目なんですから、と妙な事をいっ て心配顔で天井のほうを見上げている琥珀さん。  琥珀さんはちょっと良くわからないことをいって 慌てているが、それ以上にこちらはアルクェイドの 計画していたいことに驚いていたりする。   「なっ!! な、な、何を」 「何を考えてるんですかこのばか女は〜!」  真っ赤になって言葉に詰まる秋葉と、やはり顔を 赤くしながらもアルクェイドを怒鳴りつけるシエル 先輩。  僕が何か言おうとするより早く、この2人に先を 越されてしまった。  琥珀さんの制止はともかく、目の前でそんな事を やられたりしたら、アルクェイドよりもこちらが先 にこの2人に殺されかねない。あ、その後ろで同じ ように顔を赤くしているあきらちゃんや翡翠もどう やら怒っているように見える。 「そんなに怒らなくたっていいじゃない。ま、そん な事しなくても、普通に腕比べしたって勝負になら ないとは思うんだけど?」  自身ありげに頭の後ろで手を組みながら周りを見 まわすと、誰一人言い返さなかった。  ただ、あちこちから「う〜」といった唸り声みた いなものはあちこちから聞こえてはいるが。  周囲を沈黙させてから、アルクェイドは他の参加 者達よりも大きなサイズのトレイを台車で持ってき た。 「ま、とりあえず見てよ」  そういってぱかっと開けた中には・・・見事なま でのメニューが並べられていたりする。 「あらら・・・これはお見事ですねぇ・・・」  琥珀さんでさえ、口元に両手をあてて眼を丸くし て驚いていたりする。  ビーフシチュー、ロールキャベツ、コーンスープ、 ポテトサラダ・・・  さっきまでの唸り声から変わり、「うわ・・・」「負 けた」だのといった言葉が今度は聞こえてくる。 「志貴、食べてみてよ。味も悪くないと思うけれ ど?」  そういって小皿にひょいひょいと馴れた手つきで 掬い取り、アルクェイドはさっとその皿を持ってき た。  そのアルクェイドの笑顔を目の前にしながら、そ れぞれを食べて見る。 「確かに美味しいな」  この味なら琥珀さんとも互角のレベルで、まった く問題が無かったりする。  まぁ、今回はそれ以前に勝負の相手側に問題があ りすぎる気もするが・・・  素直に感想を述べると、えへへ〜、とものすごく 嬉しそうに笑った。 「どう、これなら文句無いでしょ?」  こちらと琥珀を交互に見ながら自信ありげにアル クェイド。  すでに終わったとばかりに、コーヒーを入れ始め たりなんかする。 「う〜ん、確かに・・・そうかな」  とりあえずその通りだったので肯定した。  すでに、採点表には最高得点が記入されていたり するし、まわりの参加したシエル先輩を始め、秋葉 やそれ意外の女の子達も、悔しそうではあったがだ れも反論しなかった。    その雰囲気に気を良くして、鼻歌なんぞを歌いな がら、こっちまで既に良い香りを漂わせているコー ヒーをカップに注いでいたりなんかする。 「・・・・・ちょっと待ってください」  そのとき、それまでじっとアルクェイドのほうを 見ていた琥珀さんが、カップを受け取ろうとした動 きを制した。 「え? どうしたの琥珀さん?」 「アルクェイドさん、今使ったコーヒーの豆を見せ てもらえませんか?」 「・・・・・あ」  琥珀さんが、アルクェイドに向かって手のひらを 出すと、それまで笑顔だったアルクェイドの顔がひ きつった。   「もしかして・・・ばれた?」 「ええ。最後の詰めは甘かったですね」 「ちぇっ。うまく行くかな〜って思ってたんだけど な」  さりげなくやったつもりだったのに、とぶつぶつ と何やら呟いている。  琥珀さんとアルクェイドで交わされる会話に、そ れ以外の全員が置いて行かれている。 「ちょっと琥珀、どういうことなの?」  秋葉がすこし苛立った調子で詰問すると、アルク ェイドは悔しそうに視線をそらし、琥珀さんはにこ りと微笑んだ。 「えっとですね、アルクェイドさんがコーヒーの中 にちょっとお薬を仕込ませてあったんですよ」 「薬?」 「ええ。夜中に、とても元気になっちゃうような類 のものなんですけどね」  そういって、アルクェイドから受け取った小さな 袋をみんなに見せた。  このお薬、というかある種の植物なんですけどね。 これは、味はまったくしないんでなかなかバレない んですよ。  ただその代わりに、ほんの少しだけ特徴の有る匂 いがするんですけどね。 「う〜ん、そう言われても匂いなんて全然わからな かったけど?」  琥珀さんの制止が無ければ、間違い無くそのまま 飲んでいたと思う。 「コーヒーとか香りの有るものでしたら、かなり判 らなくなってしまいますよ。  それを計算して、アルクェイドさんは準備したん だと思いますが・・・?」 「あたり。まさかばれるとは思わなかったんだけど ねぇ」  ちょっとだけ“私も使ったことがありますから” と琥珀さんの声が小さく聞こえた気がする。 「ん? 琥珀さんいま何か言いませんでした?」 「いえいえ、何も言ってませんよ。志貴さん」  いつものスマイルのまま、両手をひらひらと振っ て琥珀さんは否定する。 なんか、今琥珀さんの口から聞き捨てならないよ うな爆弾発言を聞いたような気がするのだが。  そして、次にアルクェイドのほうへと顔を向ける。 「料理で良い印象を付けておいて、遅効性の怪しい 薬で夜に忍び込んで・・・といった作戦でしたか?」 「ま、そのとおり」  琥珀さんの質問にあっさりと肯定するアルクェイ ド。 「「なっ!」」  あ、シエル先輩と秋葉がものすごい形相になって いる。   なんかシエル先輩は服の中から金属音がしている し、秋葉にいたっては髪が真っ赤に変化している。 「これで上手く行けばポイントがかなり稼げると思 ったんだけど。  料理も美味しく作れるし、そしてその後もすご い・・・って事で、えへへ」  そのとき、ぶちっ、と何処からか音が聞こえたと 思った瞬間、猛然とアルクェイドに2人が襲いかか った。 「許しませんっ! 今すぐ封印して、二度と志貴さ んに変なコト企むことができないようにしてあげま す!!」  もちろんアルクェイドもそのときにはもう迎え撃 つ準備はできていたわけで・・・ 「ふん。あんた達だって似たり寄ったりの考えだっ たんじゃないの!?」  あっという間に戦場と化す室内。  まぁ他のメンバーもなれたもので、すぐさま別室 に避難を開始していた。  これくらいはすぐに反応できないと、このやたら と戦闘力の高いメンバー相手には無事に済ますこと はできない。 「あらら、結局こうなってしまいましたか」 琥珀さんの台詞に、戦いから避難した全員が同時に 大きく溜息をついた。  結局、戦闘(?)は30分続き、部屋の惨状に気 付いた秋葉によって中断された。  ・・・・・激しく崩壊した居間と、台所の修理に は2週間以上かかるとの事だった。 「痴話ゲンカにしてもこりゃまた派手にやりました ねぇ・・・」  修理の為に呼んだ業者の、居並ぶ面々を眺めた後 での第一声に秋葉は顔を真っ赤にしてひたすら頭を 下げていた。  まさか“死なない女の子と、憎たらしい吸血種が 戦闘をやってたんです”とも普通の人を相手に言う 訳にもいかず、館の主であり壊した張本人でもある 秋葉としては、内心はともかくひたすら愛想笑いで 誤魔化すしか無かった。 「で、・・・何で結局こうなるのかしら?」  秋葉の不機嫌そうな声が聞こえてくる。  結局、台所がつかえない以上料理も何もどうしよ うもない。  僕と秋葉に翡翠と琥珀さん。そして何故かアルク ェイドとシエル先輩、弓塚にあきらちゃんと、合計 8人が、Mのマークでおなじみのファーストフード でテーブルを囲んでいた。  もちろん、目立つことこの上の無い集団なので、 さっきから店内の視線が集中していたりする。 「まぁまぁ、たまには良いじゃないですか。こうい うのも」  割烹着姿でハンバーガーを手にしている琥珀さん が楽しそうに秋葉をなだめる。  その横で、翡翠はポテトを珍しそうに一本つまん でじっと見ている。もちろんいつものメイド服で。 あ、良く見ると片手がまだ包帯に包まれている琥 珀さんは、器用にもその片手でハンバーガーを食べ ながら、時折翡翠さんが横から差し出すポテトやジ ュースを口にしたりしている。   ・・・このあたりはさすがに息のあっている姉妹 というべきだろう。 「あと2週間も続くのよ? ずっと毎日こんなもの を食べなければならないの?」 「いえいえ、明日は別のお店に行きますよ」  ごそごそと袂から琥珀さんは、何処から手に入れ たのかこの市内の「食べ歩きマップ」を取り出した。 「ま、あたしはどこでもいいわよ。志貴といっしょ だったら」  アルクェイドは別にそんな事気にしてないわよ、 と付け加える。 「志貴先輩。あしたはあのお蕎麦やさんに行ってみ ませんか?」  こちらを見上げながら、家があるはずのあきらち ゃんが話しかけてくる。 「あ、そうだね。久しぶりに行って見ようか?」  そのあきらちゃんの発言に、あちこちから反対意 見があがる。 「それよりも、明日は2人で夜景のきれいなレスト ランにでも行かない?」 「何言ってるんですか。明日は本場のインドカレー のお店に案内するんですから」 「・・・・・でも、毎日こんな食生活じゃバランス が悪くなってしまいます」  アルクェイドとシエル先輩の意見に、翡翠は根本 的な疑問を投げかける。 「う〜ん、そうだよねぇ・・・あ、そうだ」  一瞬何かを考えたアルクェイドは、嬉しそうにこ ちらを見る。 「ん? アルクェイド、どうかした?」 「えっとね。あしたっからあたしがお昼にお弁当作 っていってあげようか?」  その爆弾発言に、それまで食事に動かしていた手 が全員止まった。 「さすがに毎日外食じゃ体に良くないでしょ?  だからそのあたりを考えて作ってあげよっか」 「まあ、作ってくれるんならそりゃぁ嬉しいけ ど・・・」 「「駄目ですっ!」」  またしても秋葉とシエル先輩の声が重なった。 「あなたに作らせたら、また何か仕込まれるに違い ありません。  ・・・だったら、私が何とかします」 「このばか女に関しては秋葉さんと同感です。が、 作るのは私に任せてください」  秋葉とシエル先輩が、それぞれこちらを睨みなが ら詰め寄ってくる。 「まぁ、それでしたらこれもコンテストで決めまし ょうか?」  その発言の瞬間、空気が凍った。 「前回、賞品にお出しするはずだった宿泊券もまだ 決着着かず残ってますし、今回はさらに、近所の喫茶店で使える“カップル専用ドリンク券”も付けち ゃいます。  これで志貴さまと向かい合ってひとつのジュース を2人で…なんてコトもできちゃいます、きゃ☆」  …凍った空気に、少しずつ亀裂が入っていくよう な感覚。  この時、琥珀さんの背後に黒い尻尾があったよう に見えたのは、絶対に気のせいではないと思う。  「みんな・・・今度は学校を壊す気か?」  有間の家に居た時のような、平穏な日々が遠野家 で迎えられるのは、まだもうちょっと先のことかも しれない。     /END